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第一回目「電車に乗っておじさんを描く」
その2

──なるほど。先ほど、一人目を描いたときにデッサンが取れてないと仰っていましたが、それはどういうことでしょうか?

寺田 デッサンするときは、グリッドを使うとカタチを取りやすいんですよ。グリッドはデッサンとかをかじってる人には、当たり前の話なんですけど、この連載は絵を描いてない人向けという態でやってるので、僭越ながら説明させていただきますと、グリッドで座標を出すわけです。顔の場合は、顔のGPSみたいなもんです。

 デッサン用のグリッドは画材屋で売ってるんですけど、普段持ってるもんじゃないので、脳内に持つワケです。で、仮想グリッドを通しておっさんを観る。なんかかっこいいぜ! そんなことないですか。そうですか。

 座標がわかると、モノの位置がわかりますよね。位置はモノの「関係」をも示すモノだから、立体を描くときに大事な関係性が浮かび上がる。その関係性を描くことで対象が現れてくるんです。鼻であれば、鼻のてっぺんと根元の距離とか、右目と左目の間隔とか、そういう「関係」が顔を作り上げているので、その情報を、手に入れて写すという作業がデッサンです。その絵に意味を持たせるっていうのは、またそこから先の話になるので、それはまた今度。

 まず、形を取るっていうところまでいくためには、位置情報をいかに自分なりに掬い上げるか。位置情報さえ合ってれば、そんなに狂ったものにはならないはずです。よく、絵を描いてる人が筆を立てて対象物を見ていたりする場面があるでしょ?

──美術室で彫像描いてる人なんかがよくやってるやつですね。

寺田 あれは、筆をグリッドにして使ってるわけです。筆を縦にしたり横にしたりして、対象物の位置関係を測ってるんですよ。

──え、かっこつけでやってるわけじゃないんですか。

寺田 かっこつけてやってるわけじゃないよ! 例えば壁に貼ってあるポスターの縦辺が筆の長さの8分目に対して横辺が5分目だったら、その比率を紙に持ってくれば同じ比率の絵になるわけです。顔のパーツでも、そうやって比率を探って寸法を測るんです。モノの形を取るっていう部分においては、まったく理詰めなので、早い話がすべての座標を出してしまえば、それを辿るだけで完璧なコピーができるはずでしょ? でも、デッサンが狂うっていうのは、座標の位置取りに失敗してるんですよ。まあその理由だけではないけども、この場合大事なのは座標。

──寺田さんは電車の中のおじさんに対して、筆を立ててグリッド取ったりしなかったですよね。

寺田 しないよそんなこと! 怒られるわ! たとえば誰かの顔を描くときに、対象の顔の中で、鼻の頭だけをガン見してたら、頭頂部は見えないですよね。でも、できるだけ全体を観る。対象を観るときは、鼻の頭と根元の距離、鼻の頭から顎の先の距離、顎の先から耳までの距離、頬のカーブの関係などを相対的に観る。それを紙に写すことができれば、対象物そのものができるはずだけど、違うものになっているのは、これは目と手の誤差なんです。ちゃんと測れてないし、描けてない。100%を写すっていうのは、人間にはなかなかできないので、この誤差を個性と言い募れば、個性になるし、ただデッサン狂ってるって話にすれば、その通りなんです。

 自分が好ましいと思う、狂いのない状態に近づけるためには、脳内グリッドの起動を早くすること。電車の中で人の顔をスケッチするのは、顔の中の座標をぱっと見て手に入れて、それを自分の脳内で最短でつかむための練習。そんな感じがありますね。あとは、単純に電車の中でおじさん描くのが楽しいから。こちらの想像もつかないような表情をしてたりするし。


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着衣のしわの流れなど、見てわかるものもあり。
「子供はかわいいけど、じっとしてないからねえ」

──脳内グリッドの起動ですか。それをするにはひたすら練習あるのみ?

寺田 うん。練習だし、今のような理屈を頭の中に持ってるか持っていないかで、全然違います。それは算数でいうと、公式みたいなものですね。1+1=2とか、2×2=4とかを知っていないと、計算できないでしょ。知ってるから計算できるので、グリッドの考え方は、算数の公式と一緒ですよ。それを当てはめれば絵は描けるんだなって思っておけば。

 やみくもにただ線を引いていたら、絵は上手くなるというわけではないので、「今、自分は何をしているのか」っていうことに対して、自分でわかってなくちゃいけないよね。デッサン取るなら、「位置情報を手に入れるため」みたいな、明確な目的がなければいけない。何を持って線を引くかを知ることが、絵を描くという行為ですね。ただいっぱい引きました! という目的のない線は、ほとんど役に立たない。

 絵を描くための前段として、今言ったような理屈を知ってから始めると、余計な時間を使わなくて済むじゃないですか。絵を描けないのは、理屈を知らないってことだから、絵を描く理屈をちゃんと教えてあげないと、描けないままで無駄な時間を過ごしてしまう。

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──絵は理屈ですか。わたしのような素人にとっては、絵は感性なのだとばかり思っていました。

寺田 絵を描く前に対象物の情報を手に入れること。今、座標の話をして、それは理詰めなんですけど、やっぱり絵は自分の視点を持って対象物を描く行為なので、そこに何の主張もないんだったら、写真でいいわけですよね。

 写真じゃなくて絵じゃなきゃいけない理由は何かと考えたときに、自分の視点の提供であったりとか、発見であるとか、そういうことかなと思います。その視点が他の人にとって、新しいかどうかということは置いておいて、そのへんに初めて絵にする意味が出てくるのかなと思うんです。

 それと同時に自分への見返りとして、対象物を知るというご褒美があるんですよ。顔の中には骨格があって、表情を動かす筋肉がついてて、眼球、脳幹と小脳があって脊髄につながっててそこを切ると死ぬとか、観よう知ろうとすると、そういう情報も手に入る。で、それがあらかじめ頭の中に入っているとするじゃないですか。そうすると、見えているものの意味がわかるんですよ。ここの皺が何なのか、鼻の下のへこみが何なのか、そういった解剖学的なことを軽くでも押さえておくと、ぱっと見たときの位置情報プラスそれが何で構成されているのかってことがわかるので、対象の把握がより立体的になりますね。そこに自分が何を強調したいかを盛り込めるのではないかと。

 興味がわいたものは知りたくなるじゃないですか。好きな女の子のこととか。描きたいってことは、知りたいってことに近いとオレは思ってます。

──なるほど。知ってるもの、好きなものは、わたしでも描けるようにな……

寺田 実際、絵を描き始めてから、ディテールがわからなくなったりするんですけどね。例えば、頭の中で自分のお父さんの顔を思い浮かべられるけど、描けないでしょ?

──描けないですねえ。

寺田 思い浮かべられるのに、描けないのはどうしてだろう? って考えるんですよ。実際、お父さんの写真を見れば、お父さんですって言えるのに、描けない。それは何故でしょう?

──写真だったら、「この人がわたしのお父さんです」って言えるんですけど、自分で描こうとすると、とたんに顔がぼんやりしちゃうんですよね。

寺田 そうそう、ぼんやりしちゃうんですよ人間の記憶っていうのは。でも、印象が残ってる以上は、それを紙に写す方法はある。ひとつの方法としては、たとえば骨格はどの人も大きくは違わないでしょー。誰の顔の中にもそれは入っていて、筋肉もだいたい同じつき方をしている。人の顔の最大公約数の情報。

 ベースとして知っておくといいのは、筋肉と種類、筋肉の動き、皮膚がどういう働きをするのか。筋肉が先に動いて皮膚がそれについていくとか、普段考えないけど、現実にはそうやって人の顔は動いているので、そういうイメージを持つのは大切です。

 それと、常にいろいろなものをよく見ておくこと。お父さんの顔をまじまじと見る機会ってあんまりないわけですけど、よく見ると、自分の持つイメージがどんどん具体化していくんです。持っているイメージは、やっぱり絵に出るので、いろいろな情報を持つことは大切ですよ。一言で言うと、描くことは知ることであり、知ることは描くことです。

──電車の中、一駅分(約5分)で、一人スケッチ終えていましたが、人の顔の構造を知っているから、早く描くことも可能になるんでしょうね。

寺田 電車の中で描くことに限って言えば、スピードを上げないと、描き始めた人が一駅で降りちゃうかもしれないからね。見えてるものが何なのかを知っておくと、後からちょっと描き足すこともできるんですよね。

 おじさんが被ってる帽子にしても、帽子を知らない人が描いてた場合、おじさんが目の前からいなくなったら、もう描けないんですよ。帽子がどういう状態で頭に付着してるのかがわからない! という捉え方をしてしまうと、もう描けない。でも、これは布でできていて、つばの先がちょっと折れてたよというのを知っていると、それに近いものが再現できて、後から描き足せるんですよ。構造を知っていれば、対象が目の前からいなくなったときには、もう描けないっていうことは防げる。

 いつの間にか見なくても描くって話になってるけど、見なくてもある程度は描ける技術というのは、マンガ家には必要ですね。モノを描くのに、いちいち外に出てスケッチするわけにはいかないじゃないですか。知っておけば、大ハズレはしないので、事故率を下げられる。

 若い頃は誰もそんなことを教えてくれなかったので、全然そういうことは考えてなかった。「見たままを描くには?」って、見て描いて見て描いてを繰り返しつつ、ちょっとずつ情報が蓄積されていって、気づいたらぱっと見たときの印象で描いてもそんなにはずれなくなったというのは、それなりの時間かけて情報が自分の中にかなり入ってきてるからですね。
 全部をいっぺんに把握できるわけじゃないから、実物を見て触って描いて初めて手に入れられるという作業があるわけです。それを越すと、割と見たものは何でも描けるようになるんじゃないかなと思います。

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右のラクガキは人間の骨格について話をしながら描いていたもの。
後ろに伸びた頭蓋骨は「一応人間にはこんな骨格の人いないことになってるしね」ってことで。


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上のスケッチに色を塗ったバージョン。色塗り動画は次頁にあります。

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